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東京地方裁判所 平成8年(ワ)7047号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

被告は、原告に対し、金一億三三五五万六五〇五円及びこれに対する平成七年一二月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、破産管財人が破産法二八〇条三号に基づき供託した供託金につき、破産手続終結後清算手続中の会社が供託官に対して取戻請求をし、却下処分を受けた後、原告が、右会社が供託金取戻請求権を有することを前提に、右却下処分の結果、被告が供託金相当額を不法に領得し、あるいは同社の損失において不当に利得したと主張し、同社の被告に対する損害賠償請求権若しくは不当利得返還請求権を譲り受けたとして、被告に対し、その履行を求めている事案である。

一  基礎となる事実(証拠を掲げた部分以外は当事者間に争いがない。)

1 新日本興産株式会社(以下「新日本興産」という。)の破産及び破産管財人による供託

(一) 新日本興産は、昭和五一年一〇月一二日、東京地方裁判所において破産宣告を受けた。

(二) 新日本興産の破産管財人は、破産債権者に対する配当を実施したが、昭和六一年五月二八日、配当金を受領しない者及び住所不明のため配当金を受領することができない者に対する配当金について、破産法二八〇条三号に基づき、別紙供託金目録記載のとおり、合計一億三四〇九万一五〇五円を東京法務局供託官に対して供託した(以下「本件供託」といい、右供託金を「本件供託金」という。なお、訴状添付の供託金目録には合計額として一億三三五五万六五〇五円との記載があり、原告の請求額もこれに依拠しているが、右は合計一億三四〇九万一五〇五円の違算であることが明らかである。)。

(三) 新日本興産の破産手続は、昭和六三年二月二四日終結した。なお、同破産手続において、監査委員は選任されなかった。

2 清算手続中の新日本興産による供託金取戻請求

(一) 新日本興産には、破産手続終結後もなお残余財産があり、昭和六三年三月清算人が選任され、清算手続が開始した。

(二) 新日本興産は、平成七年一二月四日、東京法務局供託官に対し、本件供託金につき、供託原因消滅を理由とする供託金払渡請求書を提出して、供託金の取戻請求をした。なお、供託金払渡請求書には供託書正本及び供託原因消滅を証する書面が添付されていなかったが、「債権の時効による供託金の払い渡し請求の理由」と題する書面が添付されていた。

(三) 東京法務局供託官は、平成七年一二月二〇日、本件供託金の取戻請求を却下した。そこで、新日本興産は、平成八年一月二五日、東京法務局長に対し、右却下処分に対する審査請求をしたが、同年三月一九日、棄却された。

3 債権譲渡通知の到達

新日本興産は、平成八年四月一〇日、被告に対し、同社の被告に対する本件供託金についての損害賠償請求権(ただし金額は一億三三五五万六五〇五円)を原告に対して譲渡する旨通知した。

二  争点

本件の実質上の争点は、破産手続が終結し清算手続中の新日本興産が、破産法二八〇条三号に基づく本件供託金の取戻請求権を有するか否かという法律の解釈問題に尽きるが、その前提となる論点についての当事者双方の主張は、以下のとおりである。

1 破産法二八〇条三号に基づく供託について民法四九六条一項が適用されるか。

(原告)

破産法二八〇条三号に基づく供託の性質は弁済供託であり、その取戻しについては、民法四九六条一項が適用されるから、被供託者たる破産債権者が供託を受諾するまでは、供託者が取戻請求権を有するというべきである。そして、破産者は、破産手続中は破産財団に対する管理処分権を失うが、破産手続終結後は、その財産に対する管理処分権を回復するから、新日本興産が供託者として取戻請求権を行使することは、何ら妨げられない。

(被告)

破産法二八〇条三号に基づく供託は、破産管財人の義務として行われるものであり、任意の供託ではないから、右供託には民法四九六条一項の適用はない。また、右供託の供託者は、そもそも破産管財人であって、破産者自身ではなく、その供託金は破産者の残余財産に属するものでもない。さらに、本件取戻請求には供託規則二五条一号の供託書正本も添付されていないから、この点からも新日本興産は本件供託金の取戻請求をすることはできない。

2 破産法二八〇条三号に基づく供託における供託原因の消滅(供託法八条二項)とはいかなる事由か。

(原告)

破産法二八〇条三号に基づく供託においては、破産手続の終結自体が供託原因の消滅に当たり、これによって、新日本興産は本件供託金の取戻請求権を取得した。仮にそうではないとしても、本件供託金の被供託者の配当請求権及び還付請求権は、供託時から満一〇年を経過した平成八年五月二八日に時効消滅し、これにより新日本興産の弁済義務も消滅したから、不当利得の思想に基づき、供託原因が消滅したというべきである。

(被告)

破産法二八〇条三号に基づく供託においては、最後配当に関する監査委員の同意及び裁判所の許可の取消しがない限り、供託原因の消滅はあり得ない。

第三  争点に対する判断

一  争点1(民法四九六条一項の適用の有無)について

民法四九六条一項は、債権者が供託を受諾せず又は供託を有効と宣言した判決が確定しない間は、供託者は供託物を取り戻すことができる旨規定するが、この規定は、弁済供託が債権者側に受領拒絶等の事由が存する場合に認められる債務者保護を目的とする制度であり、債務者の自発的意思に基づいてされるところから、債権者ないし第三者の利益を害さない限り、供託者の自由な意思によって供託物の取戻しをすることを認め、もって供託者の利益を保護する趣旨に出たものにほかならない。したがって、弁済のための供託であっても、債務者の自発的意思に基づくものでなく、法律により義務付けられていると解される場合には、右規定の適用はないといわなければならない。

本件供託は、破産手続、すなわち債務者の意思にかかわらず、強制的にその財産を総債権者の債権の実現に供することを目的とする包括執行手続の一環として、裁判所によって選任された破産管財人が、破産法二八〇条三号に基づき配当金を受領しない破産債権者に対する配当額を供託したものである。その性質は、個別執行手続において裁判所書記官が民事執行法九一条二項に基づいて行ういわゆる不出頭供託と同じく、弁済のための供託ではあるが、法律上の義務として行われるものであり、供託者の自発的意思に基づいて行われる一般の弁済供託とは趣旨を異にすることが明らかである。そうすると、本件供託金については、供託者が民法四九六条一項に基づく供託金の取戻しを請求することはできないというべきである。

二  争点2(供託原因の消滅)について

破産法二八〇条三号に基づく供託は、破産債権者が配当金を受け取らないことを供託の事由とするが、この場合において、供託法八条二項にいう供託の原因とは、破産債権が確定した上、最後配当について監査委員の同意(監査委員が選任されている場合)及び裁判所の許可がされることを指すものと解するのが相当である。そして、新日本興産の破産手続において、監査委員が選任されていないことは前示のとおりであり、《証拠略》によれば、破産債権が確定した上、最後配当について昭和六一年五月二三日に裁判所の許可がされていることが認められる。しかしながら、右許可が取り消されていないことは当事者間に争いがなく、他に、右許可の効力に消長を及ぼす事由については何ら主張・立証がないから、本件供託について供託原因の消滅を認めることはできない。原告の主張は、配当請求権及び供託金還付請求権の時効消滅と不当利得の思想に基づく供託原因消滅をいう点を含め、独自の見解というほかはなく、採用することができない。

三  以上のとおり、新日本興産が本件供託金の取戻請求権を行使し得る法律上の根拠のないことは明らかであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。

(裁判長裁判官 篠原勝美 裁判官 生島弘康 裁判官 吉田純一郎)

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